CL Column
« »

神戸眞平の「北海道に恋した風」

♯08 静かに食べたいイカソーメン~函館


撮影地:函館 OLYMPUS OM-1N ZUIKO21mm F3.5 f8 1/250 NEOPAN400PRESTO

函館の夏の風物詩といえば、イカだ。
普段はとりたててイカ好きというわけではないが、
函館で食べるイカは、新鮮なせいか気のせいか、やはり美味しく感じる。
その日も朝食はイカにしようと、何度か入ったことのある店に向かった。
ホッケのつみれ汁が美味しい店だ。
しかし、店はすいていたものの、
「10分から30分かかります」と言われてしまった。
10分から30分とは幅が広く、どういうことなのだろうと思いつつも、
理由を聞くのも面倒なので、別の店に行くことにした。
勘を頼りに少し歩いて、間口の小さな定食屋に入ってみた。
朝食時だというのに、店の中はひっそりとして誰もいなかった。

カウンターに座ると、迷うことなくイカソーメン定食を注文した。
すると、ごつい顔をしたオヤジさんが厨房から現れて、
「定食なら、ソーメンじゃなくてイカ刺しにしなよ」と言った。
壁に貼ってあるお品書きには、イカソーメン定食とイカ刺し定食が並んでいる。
しかし、イカソーメン定食は推奨していないらしい。
いきなりのオヤジさんの迫力に圧倒されて、
「じゃあ、お願いします」と言ってしまった後で、少し後悔した。
イカソーメンだろうがイカ刺しだろうが、イカが食べられればいいのだと、
自分で自分に言い聞かせながら待っていると、やはりイカ刺し定食が出てきた。
函館のイカは、見るからに新鮮そのものだ。
さっそく食べようと、醤油を小皿に出してイカをピチャリとつけたら、
「だめだ、そんな食べ方じゃ。イカに醤油をドバッとかけて、飯の上にドンと乗せるんだ」と、
頭の上から、オヤジさんの怒鳴るような声が聞こえてきた。
オヤジさんはカウンター越しに、僕の食べる様子を観察している。
仕方なくイカの上に醤油をかけて、ご飯に乗せた。
人に食べるところを見られて、食べ方の指導までされるのは辛い。
途中でちょっと味噌汁でも飲もうものなら、
「なんでいま、味噌汁なんか飲むんだ」と、どやされかねない雰囲気だ。
これは面倒なことになったと思っていると、6人のグループの観光客が入ってきた。
ひとりを相手にするよりも、大人数を相手にするほうが張り合いがあるのだろう。
オヤジさんの矛先は僕から外れて、メニューを眺めている6人のほうへと向かった。
そして、「イカソーメンでいいね」と、強制的に注文を取ると、
「イカソーメンの切り方を見せるからおいで」と、6人を厨房に呼びつけて、
「これがイカソーメンだ。他の店のはイカウドンだ」と、包丁さばきの自慢を始めた。
イカソーメンを食べたいのは、本当は僕なのにと思いながら、
6人がオヤジさんに捕まっている間に、イカ刺し定食を猛烈な勢いで食べ終えた。
そして、オヤジさんに聞こえないくらい小さな声で「ごちそうさま」と言うと、
お金をカウンターにそっと置いて、そそくさと店を出た。
イカは美味しかったのだろうが、味がよくわからなかった。

夕食は、朝に入れなかった店に再び行ってみた。
イカソーメン定食を頼むと、注文した通りにイカソーメン定食が出てきた。
当たり前のことなのだが、何だか嬉しい。
イカはソーメンのように細く綺麗に切られていた。
誰から見られることもなく、自分の好きなように醤油にイカソーメンをつけた。
ホッケのつみれ汁と一緒に食べる函館のイカは、やはり最高に美味しかった。

写真・文 神戸眞平(ごうど しんぺい/トラベルグラファー)