
撮影地:幾春別 OLYMPUS OM-1N ZUIKO50mmF1.8 f8 1/250 NEOPAN400PRESTO
北海道で怪我をして東京に戻ってから、
先生に指示された通り、すぐに外科の病院へ行った。
幸いなことに傷口はすでに塞がって、縫う必要はなかった。
ひと月ほどして、傷がほぼ治ったところで、
お世話になったお礼を言うために、僕は再び北海道へ行くことにした。
新千歳空港から岩見沢まで列車に乗り、
岩見沢からは記憶を頼りに、幾春別行きのバスに乗った。
終点でバスを降りると、お世話になった病院はすぐ近くにあった。
町の中を少し歩いてから病院の中に入り、お礼を言いに来たことを告げると、
受付の女性は、ちょっと驚いたような顔をして、
「先生を呼んできます」と言うと、奥へと消えていった。
しばらくすると、白衣を着た女性がやって来た。
男の先生が現れると思っていたので、少し戸惑っていると、
その女性は、「母です」と言った。
どうやら親子2代の病院のようで、治療してくださったのは息子さんのようだった。
母親先生は、怪我のことを息子先生から聞いていて、
「あなただったんですね」と言いながら、僕の顔をしげしげと眺めた。
心配してくださっていたらしい。
残念ながら息子先生は、来週にならないと戻らないという。
母親先生はカルテと傷口を見ながら、「無事に治ってよかったですね」と言った。
息子先生と同じように、母親先生もとても優しくて、
血の繋がりというものは、やはりあるものだと実感した。
帰りがけに、「東京の人から見て、このあたりはどんな感じですか」と聞かれたので、
「静かでとてもよいところだと思います」と、素直にお答えした。
病院でのお礼を済ませてから、三笠のターミナルに戻り、
今度は駐在所にお礼を言うために、別のバスに乗り込んだ。
バスの運転手さんが僕を見て、「さっき、幾春別行きに乗っていた人でしょ」と言った。
駐在所に近いバス停を教えてもらって降りると、駐在所はまさに目の前だった。
しかし、残念なことに中には誰もおらず、
不在にしていますという札と、用件承り帳が置いてあるだけだった。
しばらく待ったが誰も戻って来ないので、訪れた理由を書き置きして、
そばにあった電話帳で駐在所の電話番号を調べて、東京から電話をすることにした。
お巡りさんに会うことができれば、お礼が言えたし、
札幌のご夫婦のことも教えてもらえたかもしれないと思うと、ちょっと残念だった。
東京に戻ってから、駐在所に何度か電話をしたが、
結局つながらずに、そのままになってしまった。
巡回していることが多く、駐在所にいる時間が少ないのかもしれないし、
電話番号を間違えてメモしてしまったのかもしれない。
こうしてみると、親切なご夫婦が車で通りかかったことも、
お巡りさんが駐在所にいてくれたことも、
優しい先生と看護婦さんがいる病院に運ばれたことも、
怪我をしたこと以外は、すべて運がよかったのかもしれない。
顔に少し傷が残ってしまったが、
幾春別への旅は、僕にいろいろなことを教えてくれたのだった。
写真・文 神戸眞平(ごうど しんぺい/トラベルグラファー)