
撮影地:万字 OLYMPUS OM-1N ZUIKO35mmF2 f4 1/30 NEOPAN400PRESTO
三笠ターミナルから発車したバスに、あてもなく飛び乗った。
終点で降りたのは僕ひとりで、あたりには何もなかった。
坂道を登っていくと、小さな水の流れがあったので、
少し遠回りをして、渡りやすそうなところで流れを越えた。
帰りにまた流れのところに来た時、遠回りをするのがちょっと面倒になった。
よく見ると飛べそうな幅なので、思い切って飛んでみた。
しかし、飛ぶには飛んだが、勢いがついたまま足がもつれて、
石だらけの地面に、顔からそのまま激突した。
起き上がると、眼鏡はひしゃげ、携帯電話は遠くにすっ飛んでいた。
さらに驚いたことには、地面に大量の血が流れ落ちていた。
あわてて鏡を取り出して見ると、眉間が割れている。
凶器攻撃を受けたブッチャーみたいだ。
とりあえず薬屋に行かねばと、ハンカチで顔を押さえながら坂道を下っていく。
こんな道は誰も通らないだろうと思っていたが、たまたま1台の軽自動車が通りかかった。
呼び止めようかと躊躇していると、車は少し通りすぎて自然と止まった。
車から降りてきたご夫婦が驚いて、「熊に襲われたんですか」と声をかけてきた。
事情を説明して、薬屋まで乗せて欲しいとお願いしたところ、
「この傷は病院に行かないとだめです」と言われ、乗せていただくことになった。
「タロちゃん、心配ないわよ」と、奥さんが後部座席に乗っている大型犬に声をかけるが、
突然乗り込んできた血まみれ男に驚いて、タロちゃんは完全に固まってしまっている。
ご夫婦は札幌に住んでいて、三笠の地理に詳しくないということで、
たまたま見つけた駐在所へ、ご主人が病院の場所を聞きに行ってくれた。
しばらくしてから、「世の中は狭いね。Tさんがいたよ」と笑いながら戻ってきた。
以前、近所にいたお巡りさんが札幌から転勤になって、この駐在所にいたらしい。
「怪我人がいるのに、話し込んでちゃだめでしょ」と、ご主人は奥さんに怒られていた。
駐在所で休日診療をしている病院を教えてもらい、連れていってもらえることになった。
病院に着くと、先生は僕を見るなり、「ありゃー」と声を出した。
そこは内科の病院だったので、血だらけの患者は珍しいのかもしれない。
外科の病院を捜してもらったが、休日で電話がつながらず、
結局その病院で、できる限りの処置をしてくれることになった。
若い看護婦さんが点滴の針を刺そうとするが、
動揺しているのか上手くいかず、僕の腕をプスプスと突きまくっていた。
しかし、顔の怪我に比べれば、たいしたことではない。
先生と数人の看護婦さんがつきっきりで処置をしてくれて、
気がつくと、病院に運ばれてから4時間以上が経過していた。
とりあえず応急処置が終わり、しばらく休んで落ち着いたところで、
先生と看護婦さんが、近くのバス停まで僕を送ってくれた。
先生はバスの運転手さんに、「怪我をしているので、安全運転で」とお願いをしてくれた。
看護婦さんは僕に、「ハンカチをどうぞ」と渡してくれた。
真っ赤に染まっていたハンカチは、きれいなブルーに戻っていた。
この状態で旅は続けられないので、東京に戻ることにした。
空港で飛行機を待つ間、男の子が僕のことをじろじろと見ていた。
僕の顔にはカタカナの「エ」の字の形に、大きな包帯と絆創膏が貼られている。
鏡で見ると、ちょっと笑ってしまうような間抜けな顔だ。
その顔を見ながら、怪我が治ったら再びお礼に来ようと思った。
写真・文 神戸眞平(ごうど しんぺい/トラベルグラファー)