
撮影地:花咲 OLYMPUS OM-1N ZUIKO 50mm F1.8 f11 1/500 NEOPAN400PRESTO
釧路へ向かう寝台車でYさんに出会ってから半年後、
僕はまた、北海道に行くことにした。
いつもはあてのない風来坊の旅が多いが、
今回は、寝台車で撮らせてもらった写真とおみやげを持って、
彼女が住む根室を訪れることにした。
こういう機会がないと、根室に行くことはそうはないだろう。
とはいっても、彼女の下の名前も住所も聞きそびれてしまい、
わかっているのは「根室のエレクトーンのY先生」ということだけだった。
しかし、何とか見つかるのではないかと思い、
捜す猶予は1日だけ、というルールを自分で決めて、根室へと旅立った。
陸路経由で津軽海峡を渡り、ようやく根室駅に着いて、深呼吸をひとつ。
東京から根室は、やはり遥かに遠かった。
まずは駅前の交番に入って、「ごめんください」と声をかけてみる。
しかし、巡回中なのか、呼べど叫べどネコ1匹出て来ない。
仕方がないので自力で探すことにして、電話ボックスに入る。
エレクトーンはヤマハの製品なので、
ヤマハ関係で調べれば何かわかるだろうと、電話帳を開いてみた。
東京のものとは比べものにならないほど薄い電話帳には、
ヤマハの名前のついている店は、ひとつしか載っていなかった。
早速、そこに電話をしてみると、「うちは違います」という答えが返ってきた。
ヤマハはヤマハでも、船のエンジンを扱っている店のようだ。
空振りかと思ったが、「エレクトーンだったら、K時計店だと思いますよ」と教えてくれた。
すぐに案内ができるということは、この手の間違い電話が多いのかもしれない。
時計店でエレクトーンというのも妙な気がしたが、
K時計店の電話番号を調べて電話をしてみた。
すると、確かにエレクトーン教室をやっていて、Yという苗字の先生がいることもわかった。
電話帳に載っている住所と、駅にある看板地図を見比べてみると、
それほど遠くはなさそうなので、とにかくK時計店に行ってみることにした。
途中で迷いつつも、郵便配達の人が丁寧に道を教えてくれて、
10分ほどで無事にたどり着くことができた。
K時計店は、時計以外に楽器やレコードも扱っている大きな店だった。
店に入ると、何人かの店員さんが丁寧に出迎えてくれた。
僕の電話に応対した男性に、かくかくしかじかで尋ねて来ましたと説明をして、
彼女の写真を見てもらうと、確かにY先生だと確認が取れた。
しかし、あいにくその日はレッスンがお休みで、彼女は店に来ていなかった。
「せっかくですから、先生を呼びましょう」と、男性が電話の受話器に手を伸ばした。
そうは言っても、休みの日に呼び出すのは申し訳ない気がした。
会えたら会えた、会えなかったら会えなかったで、それも良い。
白いフレームに入れた写真とおみやげを置いて、お礼を言って店を出た。
わずか5分ほどの滞在だった。
思っていたよりも簡単に捜し出せてしまい、午後はすることがなくなってしまった。
はるばる根室までやって来たのだ。
どこへ行こうかと少し考えて、僕は納沙布岬へ向かうバスに乗り込んだ。
あれからもう、どれほどの年月が過ぎただろうか。
彼女はいまも元気に、根室でエレクトーンの先生をしているのだろうか。
写真・文 神戸眞平(ごうど しんぺい/トラベルグラファー)