
撮影地:藻琴 OLYMPUS OM-1N ZUIKO 28mm F3.5 f11 1/250 NEOPAN400PRESTO
斜里駅から、網走行きの列車に乗った。
乗客はまばらで、車内はとても静かだ。
鉛色の空の下、流氷がびっしりと敷きつめられたオホーツク海を眺めながら、
キオスクで買ったパンをかじっていると、ほどなく北浜駅に到着した。
北浜は流氷に一番近い駅と言われるだけあって、駅から流氷までは目と鼻の先だ。
しばらく歩いて海岸に降りて、ひとり静かに流氷を眺めていると、背後から、
「流氷やないですかあ!」という大きな声が聞こえてきた。
振り返ると、ひとりの青年がこちらに向かって全速力で走って来る。
あたりを見回してみたが、青年と僕しかいないので、
彼は僕に話しかけているつもりなのか、
そうでないとすると、とてつもなく大きなひとり言なのだろう。
青年は、僕に気づいていないかのように走り抜けると、そのまま流氷に跳び乗った。
そして、ゆらゆら揺れる氷の上を、ぴょんぴょん跳び移りながら、
「乗れるやないですかあ!」と、また誰に話しているともわからない大声を出しながら、
どんどん沖へと向かっていった。
浮いている氷の上に乗るのは危ないなあ、と思いながら見ていると、
ドッボーンという音がして、
青年は突然、僕の視界から消えた。
一瞬の静寂の後、「シャレにならんがなあ!」という叫び声と、
バシャバシャもがいている青年の姿が見えた。
さすが、関西人だ。
普通ならば「助けて!」と叫ぶところなのに、
氷の海に落ちても「シャレにならんがなあ!」を連発して、お笑いの心を忘れない。
助けようかと思う間もなく、青年は自力で氷の上に戻ってきた。
さすが、関西人はパワフルで生命力も強い。
青年は再び「シャレにならんがなあ!」と大きく叫ぶと、
今度は「さっぶう~」と、寒がりはじめた。
それはそうだろう。 氷の海に落ちたのだから、寒いに決まっている。
「さっぶう~、さっぶう~」を連発しながら、
彼は来た時と同じく、僕に気づいていないかのように、
来た時をさらに上回るスピードで走り去っていった。
その後ろ姿は、ウルトラQに出てくるケムール人のようだった。
目の前で勝手にどんどん進んでいく出来事に、やや呆気にとられつつ、
写真を撮りながらしばらく歩き、駅へと戻った。
冷えた体を温めようと、近くにある喫茶店に入った。
テーブルは4組のお客さんで満席だったので、僕はカウンターに腰を下ろした。
温かいコーヒーを飲みながら、ひと息ついていると、
マスターと常連客らしき人が話をしていた。
「毎年いるんだよね、ああいう人が」
「乗っちゃいけないって言われているのに、乗っちゃうんだよね」
「春になって流氷がなくなると、海の底から見つかるんだよね」
「ツアーで来ている人は気づくけど、ひとりの人は落ちてもわからないから困るよね」
きっと青年はここに転がり込んで、濡れた衣服を乾かさせてもらったに違いない。
ひょっとして彼がまだいるかもしれないと、あたりを見回してみたが、
小さな喫茶店の中に、青年の姿を見つけることはできなかった。
写真・文 神戸眞平(ごうど しんぺい/トラベルグラファー)