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神戸眞平の「北海道に恋した風」

♯02 黒い蕎麦の名誉~音威子府


撮影地:音威子府 OLYMPUS OM-1N ZUIKO28mmF3.5 f8 1/125 NEOPAN400PRESTO

吹雪の中を列車は、音威子府(おといねっぷ)駅に到着した。
雪が激しかったので、まずは蕎麦を食べて腹ごしらえをすることにした。
音威子府には、チョコレートを練りこんだような黒さの有名な地蕎麦がある。
しばらく歩くと、蕎麦の看板が出ている大衆食堂があった。
引き戸を開けると、灯りの消えた店内には誰もいなかった。
少し嫌な予感がした。
大声で何度か叫ぶと、奥からおばさんが、「あれま」というような驚いた顔で出てきた。
それはまさしく、「あれま、お客さんが来ちゃったよ」の「あれま」であった。
おばさんは、「蕎麦しかできませんよ」と、ぶっきらぼうに言った。
いいのである。 別にステーキを食べに来たのではない。 蕎麦があればいい。
店内を見渡せば、蕎麦しかできなくても仕方がない店だとわかる。
しかし、壁にかかったお品書きを見て、天ぷら蕎麦を注文すると、
「できません」と、あっさり言われてしまった。
いいのである。 別に天ぷらを食べに来たのではない。 蕎麦があればいい。
店内を見渡せば、天ぷらができなくても仕方がない店だとわかる。
何ならばできるのか聞いてみると、月見ならばできるが15分かかるという。
急ぐ旅ではないので、待つことにした。
しばらくすると、おばさんは店の外に出て、鍋に雪をいっぱいに詰めて戻ってきた。
雪で茹でるつもりだろうか。
店の中も外と同じくらい寒く、上着は脱げないし、マフラーも外せない。
震えながら耐え、凍傷になる寸前でようやく蕎麦が出てきた。
注文したのは蕎麦で、それも玉子を割っただけの月見である。
客は僕ひとりである。
15分どころではない、30分以上もかかっている。
ひと口食べてみると、ぬるくてまずい。
どのように茹でると、このようなぐちゃぐちゃな蕎麦になるのだろうか。
プラスチック製の器は黄ばんでいた。
身も心もますます冷え込んだ。
それでも空腹だったので、30分以上待ったものを1分で食べてしまう。
何となく不条理を感じつつも、500円玉を出す。
月見は470円と書いてあったのに、おばさんがくれたおつりは20円だった。
小学生でもできる計算だと思う。
しかし、もう問いただす気力もなく、
黄色く変色した演歌歌手の色紙を横目で眺めつつ、店を出た。

駅に戻ると、駅には立喰い蕎麦屋があった。
ぼんやり眺めていると、わざわざ車で来て食べている人もいて、結構繁盛している。
さっき食べた蕎麦がどうにも納得できなかったので、ここでもう1杯食べてみることにした。
同じく月見を注文すると、30秒後に出てきた。 30分と30秒、なんという差だ。
ひと口すすってみる。 
しっかり熱い。
麺もぐちゃぐちゃではなくて美味しい。 
値段も330円と安い。
気のせいか卵黄も膨らんでいるようだ。
わざわざ駅に食べに来る人がいる理由がわかる気がした。
500円玉を出すと、きちんと170円のおつりが戻ってきた。
駅で温かい蕎麦を食べながら、僕の体と心もしだいに温まっていった。
そして、僕の中における音威子府蕎麦の名誉も、確実に回復されていった。

写真・文 神戸眞平(ごうど しんぺい/トラベルグラファー)