
撮影地:釧路 OLYMPUS OM-1N ZUIKO21mmF3.5 f11 1/250 NEOPAN400PRESTO
北海道の旅も9日目に入り、さすがに少し疲れたので、
札幌から釧路へは寝台車で行くことにした。
あいにく下段は売り切れで、ひとつだけ空いていた中段の寝台券を購入した。
乗ってすぐに、列車は動き始めた。
中段へのはしごを登っていると、ポイントを通過したのか車両が大きく揺れて、
派手に通路に転がり落ちてしまった。
お尻をさすっていると、下段の寝台のカーテンが開いて、
「大丈夫ですか」という声が聞こえてきた。
見上げると、小さな鈴のイヤリングをした女性が、僕のことを覗き込んでいる。
ちょっとばつの悪い感じがしたが、
「いやあ、大丈夫です」と腰のあたりをさすりつつ、彼女と僕との会話は始まった。
彼女は、Yさんという根室の人だった。
札幌に遊びに来ていたが、家族が病気になったので、急いで帰るところだという。
父親も、同じ列車の別の車両に乗っているらしい。
いろいろと話を聞いていくと、彼女は高校を卒業してまだ2年だが、
エレクトーンの先生をしているという。
エレクトーンの経験は長くはないが、自分でも驚くほど急速に上達したというから、
こういうのを、まさに天職というのだろう。
生徒は子供からお年寄りまで幅広く、
いろいろな年齢の人と接することができるのが楽しいらしい。
彼女の話を聞きながら、20歳そこそこで自分に合ったことを見つけて
生きていけるのは幸せだなと思いつつ、
それにひきかえ、自分についてあまり語れることもなく、
ぶらぶらと旅をしている僕は何なのだろう、と考えてしまった。
僕が東京から来たと知ると、「何をしに来たんですか」と、素朴な質問をされてしまった。
自分でも、それがよくわからないし、わかれば苦労はしない。
料理が下手で、彼氏によく怒られると笑いながら話す彼女は、
20歳のいまを生き生きと楽しんでいるようで、少し羨ましかった。
とりとめのない話をひとしきりすると、夜も更けてきて、彼女も僕も眠たくなり、
「では」ということで、僕は自分の寝台へと戻った。
はしごを登る僕を見上げて彼女は、「気をつけてくださいね」と声をかけてくれた。
旅の疲れに列車の揺れも手伝って、僕はすぐに寝入ってしまった。
朝になり、腕時計のアラームで目を覚まして寝台から降りると、彼女はもう起きていた。
彼女も起きがけのようで、少し腫れぼったい顔をしていた。
申し訳ないと思ったものの、「写真を撮ってもいいですか」と聞くと、
「いやだあ」と言いながら、手で髪の毛をとかして、
「はい、どうぞ」と僕に顔を向けてくれた。
寝台車の中は薄暗く、ストロボを光らせて1枚だけ撮らせてもらった。
終点の釧路駅に着き、彼女はひと足先に降りていった。
まだ車内にいる僕に向かって、ホームからひらひらと手を振った。
その近くに、いぶかしげな顔をした男性が立っていた。
きっと、父親なのだろう。
ふたりは根室へ向かう列車のほうへと歩いていった。
歩きながら彼女は、自分がいま手を振った男について、父親に話をしているようだった。
僕も自分の旅を続けるために、ゆっくりとホームを歩き始めた。
写真・文 神戸眞平(ごうど しんぺい/トラベルグラファー)